シアトルから帰国しました -check out-

8月1日~25日までアメリカ・シアトルにあるNPO法人iLEAPで、リーダーシップやソーシャルイノベーションについて学んできました。新しい人・食べ物・言語の中で過ごした期間で感じたこと考えたこと。

ileap.org

言語化しないと頭の中から抜けて行ってしまう気がして、日本に着いた瞬間、成田空港の匂いを嗅いだ瞬間に体が日本に最適化しようとすることを恐れて、この文章を飛行機の中で書きました。笑

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文章を1つにまとめるのは難しいので、いくつかの視点から。

【”自分”について】

・主語を必ず自分にすること/自分を好きでいること

私は自分よりも相手に気が向いてしまう傾向にあるけれど、周りがどうであれ自分は自分であれ。ということを感じてました。そういう環境でもそういう国でもありました。自分が何をしたいのか・何を食べたいのか・人に合わせない自分を魅力に感じる強さと心の余裕を持つことが、結果的に自分と他人を愛することができると思います。

・自分の感情を察知する・相手に伝えることは思ったより難しい

→これは”私”を俯瞰した時に思ったことで、人を考察する力はあるかもしれないけど、自分自身の感情に向き合うことが苦手。何かにイラついてたり、モヤっとしていてもそれは我慢するか、相手やその事象ではなくそれを取り巻く社会に原因があると考えるようにしていました。でも、我慢することや何かの因果関係を頭で考えても、解決しないこともあります。いくら頭で考えていても、それで心の悩みは解決するわけではありません。前に進む状態にするためには、自分の事象の見方を変えるだけではなく、自分以外の誰かとその問題を共有して解決策に向き合うこともできると気づきました。

 

【”他者”との関わりについて】

・チームワークがなぜ大事なのか

チームワークは相手の強みと弱みを補完し合うことで、その組織(チーム)を前に進めること、と認識してました。

それは客観的には理解できるけれど、自分が1 on 1の関係性に悩みを抱えている時に、ある人に言われてハッとしました。

何でも自分自身で解決しようとしたり、とりあえず心の中において置くのではなく人に話すことで(上述したように相手に自分の感情を伝えてみることにも繋がりますが)前に進むことができるからこそチーム・仲間は大事なんだ…と。

 

・推測で人も物も捉えない

人の過去を知ったり、目の前の事象を捉える時に「何となくこういう人(もの)だ」と直ぐに捉えてしまうのは、相手にも失礼だし色眼鏡で見てしまうことにつながる。もの(プロジェクト)においては、ゴールがブレることで本末転倒になる。もっと相手を知ろうと体当たりしてみること。もっと相手を対等にみること。これは私のこれからの課題です。

・変えられるものと変えられないものがあり、変えられるものに着目すること

神よ、

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、

識別する知恵を与えたまえ。

 

 

これは以前キズキ共育塾の安田さんのお話を伺った時に紹介されていた詩で心にとても響いていた言葉でした。

東京にはない素晴らしい自然があるシアトルという環境や共にいる人たち・自分の弱みや強み、どれ一つ取っても良くも悪くも変えることができませんでした。それでも自分の考えや捉え方、行動を起こすことは変えることができる。自分と違う考えや価値観に出会った時は、変えられるものに着目するチャンスでした。人と違う自分を見つけた時に、その瞬間の感情や状態をどのように整理するのかー。自分を知るきっかけになりました。多様性という言葉は何だか意味よりも先行しているように感じますが、本当は相手を知り、自分を知ること。どうやって体ではなく、心で共存できるのかを考える必要性があると思いました。

 

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【家族について】

4週間弱、ホームステイをしていて感じたこと。「家族」について興味関心があるからこそ、とても良い時間をホストファミリーと過ごすことができました。

 

・夜は全員で基本ご飯を食べる

アメリカの通常勤務時間は8時ー17時。それでも働き方は皆結構バラバラ(IT企業が多いから)で食卓をみんなで囲み、今日どうやって過ごしたのかを話します。否定はせずに、それぞれが1日の過ごし方を肯定的に受け止めます。テレビは基本食卓にないので、ご飯後に一緒に見ていることが多いです。

・週末には家族全員で出かける時間を持つ

週末には必ず全員でどこかに出かけていました。家族と共にいる時間を増やすことで、会話量も増え、相手を知ることにつながりました。本当に沢山の場所に連れて行ってもらったり、話をしました。(沢山の体験をして欲しいというホストファミリーの愛が優しかった…)

 

・一人一人が対等

親が子供に対して何かを従うように言ったり、子供が親をリスペクトし過ぎたりするような上下の関係ではなく

横の関係。家の中でももちろん、家族連れの美術館や博物館では基本、親も子供も学ぶ姿勢を持ってきていて、

「子供のために」という雰囲気が全くなく、感じたことを共有し合う情緒的なコミュニケーションが行き交っていました。

例えば道端に咲いている花のことについて、美術館に展示されている作品について、新聞の一面に掲載されている写真について話す瞬間などが多くあり、
そんな中でなされているコミュニケーションが正に情緒的なコミュニケーション(以前ファミリーカウンセラーの吉岡ゆうみさんに教えていただきました)だと感じました。


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【食べ物について】

今回私がホームステイしたお家はビーガンのお家でした。(卵・肉・魚・乳製品・動物性油NG)だから、基本は野菜がメインの食事であとはお豆腐とか豆腐から作られたそいミートとか。

アレルギーがあるのと、環境問題(動物を殺傷することに対する考え方や、飼育する時に排出される動物からの二酸化炭素など)が主な理由です。

最初はキツイかな…と思っていたけれど、次第に慣れてきて他のものを偶に外食で食べると味が濃く感じたり、胃もたれしたり。逆に体が軽く感じたり、お腹が空きにくくなったり。

食べるものによって、体調や感覚の変化があったのが個人的にとても面白くて。レストランにも必ずビーガン対応のメニューがあったり、ビーガン専用のスーパー・調味料(マヨネーズとかチーズもビーガン専用のものがある)があるんです!

自分の食べるものが自分の体や社会にどう繋がっているのかを考えさせられた機会でした。日本に帰国して、自分の食べるもの、飲む物にもっとこだわりを持ちたい。

食べ物(栄養)が人間に与える影響や、人間と食と社会の関係性をもっと考えていけたら面白いな…と思いました。

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以上ここまでが取り敢えず私のこの3週間半のチャックアウト。

でもまだ言語化できていない部分もきっとあるので、是非沢山の人と話してじっくりと言語化できたら良いなと思います。

これから実は10月末に向けた国家試験に向けて猛勉強が始まるので、時間を見つけてお話できたら嬉しいです。

 

*iLEAPの活動はこれから日本で11月まで続きます。月1で協賛のマイクロソフト社で自分のプロジェクトの進捗を共有し合います。

 

今回の学びを得ることができたiLEAPの人たち、仲間たち、ホームステイの家族、日本の家族他全ての人に感謝を込めて。Thank you all of you!

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「私らしい」と思える心の余白を作っていきたい

はじめに

ブログを見て下さっている方は私の進路選択の経緯に関心を寄せて下さったり、とりわけ気に掛けて下さった方だと思います。本当にありがとうございます。
早いもので大学生活も残り数ヶ月。自分の進路も決めたタイミングで改めてこれまでの一瞬一瞬の経験・出会い・言葉が今の自分を作っているのだと心から感じますし、つくづく「自分は運が良い」と思わされます。この有り難さと感謝の気持ちをどうしてもお伝えしたいと思ったことから、このブログを書くに至りました。

 

幸せになるための人生なんだ

 

私は何のために生きてきたんだっけ

中学二年生の時の英語の教科書に哲学の文章が出てきて、めちゃくちゃこの問いと自分のこれからを考えた時がありました。(今思うと只の中二病w)
当時の私はものすごい真面目で、小学校・中学受験を経験していたためか潜在的に「他の人より努力しなきゃいけない」という焦燥感が人一倍あったような気がします。他人と比べて自分が劣っていると「まずいな...」と。勉強でも部活でもそう感じてました。

ちょうどこの頃東日本大震災が起こり、悲惨な状況が毎日の様に報道される日々。自分の苦手なことや辛いことはあるけれど、自分よりもっと苦しくて、辛い人たちが多くいることを知り、「自分よりも苦しんでいる人のために何か人生を通して成し遂げたい。」と強く感じたことを覚えています。そしてこの思いは被災地や途上国に趣くにつれて強まり大学入学後も続きました。
大学では若い力をフルに使って(今は絶対にできない)毎日インターンやサークルに勤しみ、「将来のために」と奮闘していました。

ある時「草田さんは何でそこまでして頑張るのか?」と聞かれた事がありました。
「社会課題の解決をしていきたいから。」ずっとそう答えていました。本当にそう思うし間違ってはいない。でもどこか心の中で何か違和感がありました。
「どこか本気で向き合えていない感覚。何なのだろう...」そう思いながら沢山の方と話していく中で「昔から他人と比較してどこか卑下していた自分自身の心の穴埋めをしたかったのではないか」「自分を正当化する手段としての社会課題だったんじゃないか」と気づいたのです。

「スキルを身に付けたり、頑張ることは手段であって目的ではない。
自分や自分を取り巻く周りの人を幸せにするために生きるんだ」

中二の時に考えた問いの答えが少し分かった気がしました。マズローの五段階欲求って認識していても自分の感覚に落とし込むのは難しかった...


「私らしい」と思える心の余白を作っていきたい

これは”今”の私自身が感じていることです。
誰にでも自分に苦手なことや、できないことがあると落ち込みます。勿論、できるように努力することは大切だし、常に成長し続けることで人間は進化し続けてきました。しかし、自分ができることに目を向けて頑張ってみる。苦手なことやできないことは、できる人に頼ってみる。そんな考えもあって良いのではないかと思うのです。

自立とは依存先を増やすことである

東京大学先端科学技術研究センター准教授の熊谷晋一郎先生が仰っている自立の概念です。誰に頼ることなく自分で何でもできるようになること=自立と考えがちですが、そうじゃない。頼れる先を自分の力で確立できることこそが自立なのだと。

「私らしいよね」と自分を受け入れられる心の余白を作ることで、その人の可能性が引き延ばされたり、生きづらさを解消していけたらー。そして自分だけではなく他者の強みを尊重し相手の苦手な部分を受け入れる人が増えれば、この社会はもっと優しくなるかもしれないー。

「家族」から自分の幸せを紡げる人を

私の周りにも同じように自分を過小評価し、周囲の環境に流されて選択をしたり、いつの間にか我慢することを覚えて、そこから解き放たれる自由な環境を手に入れるために働く!なんて人も多くいます。
「何故こんなにも自分に対して各々が自信を持てないのだろう...」
この疑問の答えとなる要因は一人ひとりの人生の中の様々にあると思うので、〇〇とは言えませんが、その中の1つとして私は「家族」という環境に焦点を当てていきたいと思っています。
この場で自分の家族の話は敢えて書きませんが、先ほど申し上げたその個人の「自分らしさ」や「成長」に大きく影響すると私自身が考えているからというのが1つの主観的理由。
もう1つは、マザー・テレサが世界平和のためにするべきこととして『家に帰って家族を大切にしてあげてください。』と言ったように、社会の最小単位である家族を幸せにすることが、世界を平和にすることに繋がるからです。この考え方もマズローの五段階欲求の話と通じます。

児童福祉・幼児教育分野へ

お伝えした通り、来年度からLITALICOという会社で働くことに決めました。

litalico.co.jp

働くことに障害のある方への就労支援・発達障害のある幼児のソーシャルスキルを伸ばす障害支援・教育サービス他メディア事業を展開する会社です。

理由は2つあって「家族」という環境に焦点を当てていくには、実際にご家族を支援する経験と知識を得たいから。もう1つは人間の「自分らしさ」と「成長」に最もアプローチし易い分野・環境だと思ったから。そして何より自分が1番自分らしさを体現できると感じたからかな!

 

「生きづらさ」を社会の側から無くしていく or 自分の側から楽しむ

「生きづらさ」という表現が適切なのか分かりませんが、社会課題と言われているもの含めた目の前の違和感や困りごとは私たちの周りに意識すれば沢山あると思います。
私はこの「生きづらさ」を社会の側(法律やサービス・制度)によってアプローチする方法ともう1つ、それを自分の側から認識を変えて「楽しんでみる」ことで小さくすることができるのではないかと考えています。
楽しんでみるというのは、「自分で少しでも良くできるのではないか」と動いてみる主体的な行為なので既述の「心に余白がある状態」じゃないと難しいことかもしれませんが...
私はこれから前者目線で動いていく一方で、後者にも挑戦していきたいと思っています。その1つとして100BANCHでの取り組みを形にしていくことは長期的な目標であり、夢です。8月〜1ヶ月iLEAPのプログラムにてシアトルに行ってきますが、これなそんな夢に向けた楽しみ方です。

ileapjapan.org

また、現在青山学院に在籍していますが4年間の大学生活の中での違和感や問題意識から「自分が楽しむことで、より良くする環境にできないか」と思い、取り組み始めた活動もあります。案外、自分が楽しんでいると一緒に楽しんでくれる仲間もいるものです。大学最終学年の今が1番青学生と会っている気がします笑

aogakutv.jp

 

最後に

拙い文章ながらここまで読んで下さった方に、本当に深く御礼を申し上げます。
ありがとうございます。この文書を通して私の考えを少しでもお伝えすることができたら嬉しく思います。今後もご指導・ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。

 

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”人と向き合う”ってなんだろう。

ものすごい久しぶりの更新となってしまいました。

最近は他の人の各ブログをよく読んでいて、なんだか新しい人の考えや価値観に触れられるとワクワクして、更に正に言いたかった言葉をまるっと書いてくれてたりすると「これだよ!私が言いたかったの!」と1人で盛り上がったり笑。

久しぶりすぎてしまって何を書こうかなあ...という感じなのですが
この春(暦の上での)の学びを今日は綴ろうと思います。

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自分の進路選択の節目だからということもあるのですが、この春は本当に”人と向き合う”ことを考えた時間でした。ここで言う人は自分も他人も。

自分と向き合うと言うのは自分自身の特性を知ること。自分にしか分からない他の人との違いに気づくことです。自分がどんな時に幸せだと感じるのか、何に興味関心があるのか、または嫌いなのか等...         
これは意識しているかしていないか、の問題なので
普段あまりこれを意識しないで生きていると本当にエネルギーのいることで、最近漸く意識しながら自分に向き合うことができるようになってきたかな...と思います。

この春に私が取り組んでいるプロジェクトの中での「家族の中からどのように自分の幸せを紡いでいくのか」という話において、自分自身の幸せをすごく考えるようになりました。そして不思議と自分自身に向き合う事に前向きになると、他人に対しても前より寄り添えたり向き合おう、と思うことができたと感じたのです。

もしかしたらこれまで、自分にも他人にも少し粗雑だったかもしれない。
そんな感覚がありました。

ではなぜ他人にも向き合おう、と思うことができたのか。
それは自分と向き合うこと、つまり特性を知ると他人とのギャップに敏感になりその差を受け入れた上でどうやって埋めようか自分で考えるようになります。
そして周囲に自分を受け入れてもらう為に自分はどの様に行動したら良いのか、関係性を深く探ったり環境を自ら調整してその方法を模索します。
その過程が相手の気持ちや状況を考える事に繋がり、他人に向き合う事へ意識が向くのだと思います。

まだまだ自分に向きあっていく中では、周囲の人の言葉や自分への見方で特性に気づくことも沢山ありますが、だからこその家族や友人や職場の人なのではないでしょうか。

人に向き合うことを恐れたり、面倒になって逃げ出したりすると衝突が起きたり、自分自身を責めたり。全ての社会における衝突や紛争の原点かもしれません。

自分を、自分の家族を、自分の生きている社会に向き合うことが全ての解決の第一歩かもしれないです。

最後に、最近そんなことを思ったきっかけとなった2つの映画を紹介。
どちらも自分と向き合う強さを持つことで自分はもちろんのこと、周りの家族や社会をも変えていく素敵な事例を描いています。

www.disney.co.jp

movies.yahoo.co.jp

自分らしさ有っての努力

努力って何でしょうか。

昨日はフィギア金銀メダルを羽生選手と宇野選手が取り、今日はスピードスケートで小平選手が金メダル。
メディアも大きく報道する中で私自身も選手の頑張りに胸を打たれました。

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自分の努力した時の経験何かを回想しつつ、
”私は努力するその過程は結果をより強固なものにするし、結果はその過程や努力を正当化するのだ” と漠然と感じていました。

しかし、そんなに単純で表面的なものでは無いような気がふとして忘れないうちに書いておこうと思いました。

努力の人として尊敬され、結果が出るまでのプロセスなどが様々なメディアを通して取り上げられていますが、
努力は自分自身が決めたこと、つまり自ら選択したものに対して向き合い、突き進んでいく姿勢で有って、努力する事だけを美化して目的にしてはいけないのでは?と思うのです。
何が言いたいかというと、結果が出る人というのはこうやって自分自身にひたすら向き合い続けて、それでもやると決めてやり続けて、自分自身の目指す理想像になれた時=結果が出た時なのだと思います。
だから、努力は辛くて厳しいものなのに耐えた事=偉いというのは日本人的な美徳の精神であって本質は別の所にあるんじゃ無いかな...と考えに至りました。

「社会と自分を比較して自分を辛い、可哀想な人間だ、でも耐えて努力する...偉いぞ自分...」とするのではなく
「自分自身に辛くても見つめ合い続けて、本当に自分のしたい選択をする時に生じるゴールまでの道のりを一生懸命に突き進んでいくぞ...」という違い。


前者はどうしても結果を追い求めすぎて自分が本当に大切にしたいものや追い求めているものを見失ってしまう。そして、結果が出ない時に周囲の人間や社会を恨む。

誰かに○○と言われるから、社会が○○だから...ではなく
自分自身に向き合っていける事、それが”自分らしさ”にも繋がってきますよね恐らく。
そして、それこそが自由なのかもしれません。


”自由”はぐーたらと楽をする事でもワガママになる事でも無く、自分に向き合いながら少しづつ得ていく簡単そうで難しい概念なのでしょうね。

FREE Project. もそんな”自由”を家族の中で子供の側から、社会の中で若者の側から作っていける為に何か貢献できますように。


そして、私自身も自分自身とひたすら向き合い続ける必要があると改めて気づかされました。

勇気とは。

やっとキツかった学校の試験も終わり、春休みに。

自由な時間が一気に増えた分、
自分の進路と10月からのプロジェクトの方向性と...と毎日頭の中でグルグル考えることが多くなりました。
周囲に色々アドバイスは頂くものの、決定するのは自分。
その決定した人生を生きるのは自分、だという事を再確認すると何だか肩からス〜ッと力が抜けて、”今を楽しもう”という明るい気持ちになれます。

よく日本人は「このスキルを付けないと、この大学に行かないと、この時期にならないと...みたいに未来の自分に貯蓄する傾向がある」と、とある人が言っていたのを聞いてなるほどなと思った事があります。勿論、先のゴールや目標を掲げるのはとても大事な事ではあるけれど、そこに自分らしさ=自分の心でその決断ができているのか や  そこまでのプロセスを大事に生きることができているのか を考える必要があるなと感じました。山を登る途中に綺麗な花が咲いていることに、鳥が泣いていることに、気づける生き方をしたいなと思います。まさに、"seize the day! = 今を生きろ" ですね。

さて、この話の延長線に先日観た ”しあわせの隠れ場所”  という映画にとても良い詩が出てきたのでご紹介したいと思います。この映画は私が高校の時の先生が紹介してくれたもの。
黒人の貧困層家庭に生まれ、母親は麻薬患者で幼い時に引き離された主人公は夢を抱くことすら忘れホームレス同然となっていた中人生に絶望していたが、裕福な家のある女性に招き入れられ、やがてその家族の一員として眠れる才能を開花させる。最後にはプロのアメフト選手になっていく実話物語。

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その中で新しい家族のサポートを受け、スポーツ推薦で大学に入学する事になった主人公がどこの大学に入るか決める時期に書いた以下の詩。

 

勇気は難しい

たとえ進む方向が間違っていたとしても

大人を疑うことは許されない

ルールを作るのは彼らだから

それが正解かどうかは別にして

どう判断するかは自分次第だ

 

だから勇気は難しい

他人に従う事が勇気なのか

何も考えずに従うだけなら誰にでもできる

だけど本当に大切なのは誇りだ

人は誇りを持って生きようとする

大事なことのために命を投げ打つならば

いうことはない

誇りあってこその勇気なのだ

 

 
この主人公にとっての誇りとは=家族 だったのですが、
私にとっての誇りとは何だろう? と考えさせられたのした。

自分らしさとは、自分にとっての”誇り”を持った生き方や決断なのかもしれない、と。

1日1日、今を生きれたらと思います。
では。私のプロジェクトの紹介も随時させて頂けたらと考えています!!



テクノロジーは貧困を救えないのかー。

ブログの更新遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。FREE Project.の草田です。
FREE Project.は2017年の10月に渋谷のパナソニックが運営する100BANCH(

http://100banch.com/projects/free-project/)という施設にて始めたプロジェクトで、3月までそこで活動させて頂く事になっています。

今日はずっと書きたくて書けなかったある本の紹介をしたいと思います。

”テクノロジーは貧困を救わない”

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この本、とある先輩に紹介して頂いて年末年始読んでいました。

題名がインパクトありますよね。

最近、どの業界を見てもテクノロジーとの掛け合わせでイノベーションが起こるとされていて、edtech,Fintech,agritech...などなど の用語があるくらいテクノロジーの可能性が社会で取り上げられているのに、なぜ...?と。

ここでは
テクノロジーは人間の意志によって初めて役立てられるのであり、人間の能力を増進する「増幅の原則」があると説明しています。

例えばSNSの普及によってアラブの春が起きたと言われていますが、社会が自由になろうと動きが起きたのはSNSではなく、根本に民主化しようという個々人の思いと市民社会にその土壌があったからであって、その思いをテクノロジーが増幅させた訳ではないという事です。
同じ様に貧困の子供達に教育の機会的今日のためのテクノロジーを付与しても
それを使う意義や、スキルがなければ貧困を救う事には繋がらず、全くの無駄な投資と援助になってしまうのです。

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様々な社会の問題があり、複雑化してきている中、私たちは介入パッケージに過度な期待をします。(ここでの介入パッケージとはテクノロジーの他に選挙・法・政策・ワクチン・マイクロクレジットetc...)そしてどの様な効果が出るのか測定しようとします。その成果に基づいて予算が付くからです。


さらに、実施者は受益者がそのパッケージを”うまく使いこなしてくれる”高い能力 と”使いこなそう”という前向きな意志を期待します。

その結果、受益者にとっての幸福や課題の解決方法を見誤り、無駄な支援を組み立ててしまいかねない事になるのです。
社会課題が深刻であればあるほど、この受益者の上記の能力が低いと言いいます。

では、そもそもその様な能力が高い組織や人はどんな要素を持っているのでしょうか?

本書では三つ取り上げています。

心・・・未来の自分のために、人生を良くしたいという強い意図がある事。

知・・・自分の置かれた状況を理解し、人やチャンスに適切で慎重な判断ができる事。
意志・・・自分の意図する事に向けて最善の自制心を持つ事。

なるほど...と思いました。わかりやすい例で言うと、
ダイエットして綺麗になりたいと思った時(心)に、この脂っこいものは食べてはいけないという適切な判断力を持ち(知)、揚げ物を食べることを我慢する(意志)ことですよね笑

この全体のスキルをあげることを内面的成長と著者は呼んでいます。
介入パッケージが重要ではないと言っているのではなく、内面的成長こそが制御不能な究極の大義である、と。

更にこの内面的成長を考えるに当たって願望に着目しています。
マズローの欲求を踏まえて、最高峰が自己超越的な他者志向になる。
国の近代化に伴って願望の段階は異なるものの、その願望が満たされること=発展ではなく、その願望が進化していくこと=発展なのです

そしてその進化は個人と社会の間で補強され合います。
その補強し、される関係にあるメンターがどこにおいても必要であると書かれています。


但し、その関係性は自由意志に基づいた選択がされていること・行動計画や取り組みの条件は被助言者が決めることが重要であると忠告されています。

親子関係を考えようとしている私にとってこの本の文脈で書かれている内面的成長の話、そしてその為に必要なメンターの存在。
一つ一つがずっしりと重く、響いてきました。

私たちにはどんな発展が必要なのか、どこに向かうべきなのかを、きちんと考えていく必要がある。その為には介入パッケージだけを見るのではなく、その奥深くにある大事な人間の内面的成長をこそ見ていかないといけない...と思わされました。 

ではまたー。とあえず、試験です。




 




 



”主体性”とは。

忙しくて中々更新が遅れてしまったのですが更新です。

 

先週はFREE PJTとは別に関わらせて頂いていた

”渋谷民100人未来共創プロジェクト”

http://platinum.mri.co.jp/seminar/project/shibuya-legacy-index)という 
渋谷の まちづくり に関してワカモノがアイディアを半年間かけて出し合いカタチにしていくプロジェクトの最終発表会イベントが終了しました。

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半年以上関わらせて頂いた中で”主体性”というワードについてとても考えさせられました機会でした。

そもそも、”主体性”とは何か。

”積極的”とか”実践的”となにが違うのか。

”主体”とは”客体”と対峙する自分自身を指しますが、
私は自分の事も相手の事も認識した上で自分に納得した選択を取る事ができる状態 の事を”主体的”と言うのではないかと思います。

このPJTの中でも途中でフェードアウトする人、途中から参加する人、常に熱量を持って前に進もうと周りを巻き込んでいく人と色々な人がいました。

ただ、全ての事柄に対して他人事にするのではなく自分事にして選択できていればそれは”主体的”なのではないかと思うのです。

 

この主体的になれるマインドは自分の人生においても、また凡ゆる社会の問題に対しても非常に重要な作用を齎していると感じます。

自分の人生の選択肢を他人に委ねていたり、目の前の課題を他人事と捉えて自ら行動に移すことを諦めてしまったり。

はあちゅうさんのセクハラパワハラに関する発信(https://www.buzzfeed.com/jp/takumiharimaya/hachu-metoo?utm_term=.ij3OMDqZA#.qpwMxjZzN)やウーマンラッシュアワーの社会を風刺した漫才(https://www.youtube.com/watch?v=pAHQGLOCbwo)を拝見して、めちゃくちゃ大事だなと。

まだ見ていない・知らない方には見て頂きたい。

 

人が自分の人生や社会の事象を自分事化するマインドを持つことが出来るために何ができるのか、真剣に考えていきたい。

そして、もう一つ。その考えている文脈の中で私が人にとっての初めての社会である「家庭」の中で何ができるのか模索している”FREE PJT”の参考になりそうな「思春期の子供を持つお母さんのための勉強会」を受けるために京都に行って参りました。(https://hataraku703.com/seminar/sisyunki-vol2/←polca支援してくださった方、本当に有り難うございました!!

「人が行動するのか行動しないのかを決めるのは全てその人自身である」という前提事実が親子関係にも通づる所はあるものの、子供は親の笑顔が見たいが故に親に言われて行動してしまう事が多々ある。それでは子供の主体性は損なわれてしまう可能性があると言うお話。ただ、そこに対してどの様に第三者が関わってエゴにならずに力になる事ができるのか。そもそも力になれるのか。それによって”主体性”が育つのかー。

またその価値があったとしたら社会に対してどの様にその価値を伝えていこうかー。

勿論、様々なセクターによって主体性は育成されると思うのだけれど

「親子」という部分から何かできないか、年内あともう少し考えて行きます。

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京都で一緒にお話ししてくださったお母さん方、主催の株式会社NAOMIの駒井さんに

感謝して。ではまた。

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